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大津地方裁判所 昭和42年(行ウ)1号 判決

原告 岡田清

(昭和四二年(行ウ)一号事件)被告 大津市長

訴訟代理人 浜本一夫 外六名

補助参加人 西武建設株式会社

(昭和四五年(行ウ)一号事件)被告 西武建設株式会社

補助参加人 大津市 代理人 川本権祐

主文

一、昭和四二年(行ウ)第一号事件につき

原告の本件訴えを却下する。

二、昭和四五年(行ウ)第一号事件につき

原告の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、昭和四二年(行ウ)第一号事件、昭和四五年(行ウ)第一号事件とも、原告の負担とする。

事実

(以下の事実および理由欄の記載においては、昭和四二年(行ウ)第一号、同四五年(行ウ)第一号両事件の原告を単に原告と、昭和四二年(行ウ)第一号事件被告を被告大津市長と、昭和四五年(行ウ)第一号事件被告を被告会社と、それぞれ表示する。)

第一、当事者の求めた裁判

(昭和四二年(行ウ)第一号事件)

一、原告

1、大津市が被告会社に対して負担している滋賀刑務所建設請負代金債務金二一五、二二二、四〇五円の支払手段として、被告大津市長が別紙物件目録(一)記載の土地を同会社に譲渡する行為を差止める。

2、訴訟費用は被告大津市長の負担とする。

二、被告大津市長

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

(昭和四五年(行ウ)第一号事件)

一、原告

1、被告会社は、大津市に対し別紙物件目録(二)記載の土地につき大津地方法務局昭和四四年二月二八日受付第二八二九号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2、訴訟費用は被告会社の負担とする。

二、被告会社

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(請求原因・事件共通)

一、原告は大津市の住民である。

二、昭和三七年九月一五日、被告大津市長は、大津市議会の議決をえて被告会社に滋賀刑務所(大津市石山寺辺町所在)敷地造成並びに新築工事を工事代金二一五、二二二、四〇五円で請負させる契約をした。これより先に、同年八月一日、被告大津市長は、被告会社および訴外西武鉄道株式会社との間に、右工事代金の支払いに代えて大津市が国より取得すべき旧滋賀刑務所(大津市丸の内町所在)の敷地約一九、七三一坪およびその地上建物等一切を譲渡すことを約した。

被告会社は、昭和四〇年三月末頃右工事を完成し、同四一年三月大津市に引渡しを了した。

ところが、工事代金として譲渡すべき旧刑務所敷地等を譲渡することができなくなつたので、これに代えて、被告大津市長は別紙物件目録(一)記載の土地を被告会社へ譲渡しようとして、昭和四一年三月二五日大津市議会の議決をえたが、その後、譲渡する土地を同目録(二)記載の土地(以下本件土地という。)に変更し、同四三年一二月二一日大津市議会の議決をえたうえ、この土地を前記工事代金の支払いに代えて被告会社に譲渡し、同四四年二月二八日大津地方法務局受付第二八二九号をもつて所有権移転登記手続をした。

三、ところで、本件土地は、琵琶湖を埋立造成したもので、その価額は、埋立造成工事費でも三・三平方メートル当り約金一七、七七二円を要したのであり、昭和四一年四月当事においても、如何に低額に評価しても三・三平方メートル当り金二五、〇〇〇円を下ることがなかつた。しかるに、前記工事代金二一五、二二二、四〇五円の代物弁済として本件土地六五、三四一平方メートルが譲渡されたのであるから、これは三・三平方メートル当り約金一〇、九〇七円の割合に止まる計算であり、極めて適正を欠く低価額による譲渡である。これは、滋賀刑務所建設工事代金の代物弁済として、法規上からも許されず、また大津市議会の議決もえずしてなされた旧刑務所の敷地の譲渡という被告大津市長の被告会社らに対する約束に端を発したものである。被告大津市長は、右の様な違法な約束になんら拘束されることもないのにかかわらず、旧刑務所敷地に見合う土地をもつて代物弁済しようとしたために、右の様な不当な結果を招くことになつたものである。

右の様な市有土地の不適正な減額譲渡行為は、昭和三一年大津市条例第二三号「大津市財産並びに営造物に関する条例」第二二条の「財産は、この条例の規定による場合の外、交換しその他支払手段として使用し、又は適正な対価なくして譲渡することができない。」との規定に反するものである。

また、右条例の改正条例である昭和三九年大津市条例第二二号「大津市有財産の交換、譲与、無償貸付等に関する条例」にも反する。同条例第三条は、市有の普通財産につきその譲与又は減額譲渡することができる場合を規定しているが、本件におけるような土地の譲渡は右規定のいずれにも該当しない。同条の規定の趣旨は、市有財産を減額譲渡できる場合は同条に列挙された場合に限り、それ以外はこれを許さないものと解すべきである。

大津市議会が本件の土地譲渡につきこれを承認する議決をなしてはいるが、市議会といえども右条例の規定に反する議決をなしえない(もつとも市議会が右条例の規定を改廃する手続をとるならば別である。)のであり、したがつて右議決は地方自治法第二三七条第二項に規定する議決とはいえない。

したがつて、被告大津市長のなした本件土地譲渡行為は、法令に違反する無効のものである。

四、そこで、原告は、昭和四一年一〇月二二日大津市監査委員に対し、彼告大津市長の別紙物件目録(一)記載の土地を被告会社に譲渡する行為を差し止めるために監査請求をしたが、同委員の監査の結果は、「本件譲渡行為は違法かつ不当でない。」というものであつた。その後、本件土地につき、前記のとおり譲渡行為がなされたので、原告は、改めて昭和四五年二月二日同委員に対し市長不当行為是正措置請求をしたが、同年三月三〇日付で却下された。

五、よつて、原告は、被告大津市長に対し別紙物件目録(一)記載の土地を被告会社の大津市に対する請負代金請求額金二一五、二二二、四〇五円の支払手段として被告会社に譲渡する行為を差し止めることを求め、被告会社に対しては、大津市に代位して大津市に対し本件土地につきなされた前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

(被告大津市長、被告会社の請求原因に対する認否および主張)

一、請求原因第一、第二、第四項記載の各事実は認める。

二、請求原因第三項は、本件土地譲渡が工事代金の支払手段としてなされたことは争わないが、その余の主張は争う。

昭和三九年大津市条例第二二号第三条は、地方自治法第二三七第条二項の「適正な対価なくして譲渡する。」をうけて定められたもので、本件のように市有財産を支払手段として使用する場合には右条例の適用はない。

昭和三一年大津市条例第二三号は昭和三九年四月一日に廃止され、本件には適用はない。

三、普通地方公共団体の公有財産のうち普通財産は、当該地方公共団体が私経済作用の主体たる地位において管理・処分する当該地方公共団体の私権たる性格をもつ財産である。したがつて、当該地方公共団体の管理・処分に関する規律は、法令に特別の定めがない限り(例えば、地方自治法第二三八条の三のごとく。)、内部規律すなわち判示規定たる性質以上のものではありえないから、本件土地譲渡行為において、仮に大津市議会あるいは大津市長に条例違背の点があつたとしても、それによりただちに本件土地譲渡行為が無効となるものではない。

(被告会社の主張)

被告会社は、昭利四四年一月三一日、本件土地のうち別紙物件目録目の二記載の土地を上原成商事株式会社に譲渡し、同年五月八日所有権移転登記手続をした。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、昭和四二年(行ウ)第一号事件について。

原告の本訴請求は被告大津市長が大津市の被告会社に対する建築工事請負代金債務の支払に代えて、別紙物件目録(一)記載の土地を被告会社に譲渡する行為の差止めを求めるものであるが、この訴訟の係争中に差止めの対象とされている被告大渡市長の譲渡行為につき、譲渡すべき土地が本件土地に変更されたうえ、本件土地の譲渡行為がなさてれしまつたことは当事者間に争いがないから、これにより原告の本訴請求は訴えの利益を失うに至つたというべきである。

二、昭和四五年(行ウ)第一号事件について。

請求原因第二項記載の事実は当事者間に争いなく、この被害大津市長の被告会社に対する本件土地譲渡行為は、大津市の公有財産のうち普通財産を工事代金の支払手段として運用するものである。

およそ、普通地方公共団体の普通財産は、当該地方公共団体が私経済作用の主体たる地位において管理・処分することのできる、いわば当該地方公共団体の私産たる性格をもつ財産であり、地方自治法第一四九条第六号の規定により、財産の管理・処分の権限が与えられている当該地方公共団体の長が、現実の普通財産の管理・処分行為の衝に当るのであるが、同法第二三七条第二項は、地方公共団体の健全な財政の運営のために、その長の有する管理・処分権限に対して制約を課し、これを支払手段として使用し、又は適正な対価なくして譲渡する場合には、条例又は議会の議決によらなければならないとしている。

ところで、前認定のように本件土地譲渡行為は、昭和四一年三月二五日および同四三年一二月二一日の議会の各議決にもとづきなされたものであるから、地法自治法上からは一応適正な手続にしたがつてなされたというべきである。

原告は、本件土地譲渡は適正な対価なくして減額譲渡されたものであり、大津市条例昭和三九年第二二号がその第三条において市有財産を減額譲渡できる場合を列挙して規定し、同条例は右同条の規定により定められた場合以外においては減額譲渡を許さない趣旨に解すべきであり、したがつて、本件のように支払手段として減額譲渡することは、同条例の規定に反する、と主張する。

しかしながら、同条例の規定からして、同条例第三条に列挙された場合以外においては、一切の減額譲渡を禁止する趣旨とは解せられず、むしろ地方自治法第二三七条第二項、第九六条第一項第六号の規定並びに右条例の規定の仕方からして、右条例の規定は議会の議決を経ないで財産を処分できる場合を定めたものであり、議会の議決による財産処分をも排斥する趣旨ではないと解するのが相当である。したがつて原告の右主張は理由がない。

また、原告は、本件土地譲渡が極めて低い対価でなされ不当であると主張し、本件土地の時価が請求原因第三項記載のとおりであることは、弁論の全趣旨から窺うことができ、請負工事代金額の二倍以上の価額のものを代物弁済として譲渡したことになるけれども、償権額と代物弁済をする物との価額が不均衡であつたとしても、そのことのみをもつて、代物弁済行為が無効であるということはできない。

なお、原告が本件土地譲渡行為は昭和三一年大津市条例第二三号に反すると主張する点については、本件土地譲渡がなされた当時においては、同条例はすでに廃止されていたことは〈証拠省略〉により認められるから、右主張も理由がない。

三、結論

よつて、その余の点については判断するまでもなく、原告の被告大津市長に対する訴えは、訴えの利益がないからこれを却下し、大津市に代位してなす原告会社に対する請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 上田豊三 木村修治)

物件目録(一)、(二)〈省略〉

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